近況:本業やや忙しく、ゲームが1日0時間気味。

Xbox360:実在の“女スパイ”をモデルにした、《ベルベット・アサシン》

Xboxのコントローラー|Photo by Hardik Sharma

「美女、暗躍。」という公式の謳い文句はエンタメ的には簡潔で大変良い。
実在する女スパイをモデルにしたスニークアクション。

舞台がヨーロッパ、それも、マジノ線(ドイツとフランスの国境に構築された対ドイツ要塞線)での任務。時はナチスの時代、第二次世界大戦下。…こんな条件下での極秘任務だから、とにかく暗いです。ゲーム画面も暗いし、雰囲気も暗い。明るい要素を出せとは全く思いませんが、同じジャンルだからと言ってアサシンクリードで鷹のように宙を舞う解放感を求めてこれに手を出すと心が摩耗してしまいます。こっちは窮屈で重い空気しかない。抜けるような青空も見えない。

「なんでこんな苦しい話をゲームにしようと思ったんだろう?」と思ったけど、公式の謳い文句にあるように(エンタメ商品の内容を伝えるものとしては重ね重ね簡潔でキャッチーで出来の良いコピーだと思うけれど)「美女、暗躍。」が「かっこいい」し「いかにも悲劇的で“おいしい”」からかな、と思いました。

第二次世界大戦中、ナチス占領下のフランスで暗躍したイギリスの女スパイ。終戦間近ドイツ軍に捕らえられ、拷問を受けた末に銃殺され、23年の短い生涯を閉じた。死後、ジョージ十字勲章を贈られた伝説的な人物。
Velvet Assassin – ベルベット アサシン | バイオレット・サマー | 実在した伝説の女スパイ | Ubisoft

“美女”じゃなければ、暗躍した“オッサン”のスパイだって全然いたけど、ゲームにするのは美女のほうがいいんだよな、って、それは女性性を消費する差別的な選別眼だけど、「絵になるのはこっち」っていうエンタメ上の価値観があって、だからこの人はゲームになって遊ばれたんだと思った。“スパイ”という職務を指す呼称じゃなくて、敢えて性別指定された“女スパイ”というジャンル名で呼ばれて。スケールも問題性も違うけど、ナースマン的な、男性看護師のフィクションとか結構あって、ああいうのも「珍しくて絵にしたとき面白いのはこっち」で特別視されているっけな、と思い出す。男女の垣根がなくなったというよりはむしろ「男性の看護婦です!意外でしょ!?」的な垣根の高さを逆に感じるみたいな。

『スパイ戦線』という映画のモデルにもなっています。公開は1962年9月11日なので大昔から題材として扱われる人ではあったんですね。原題は『Carve her name with Pride』で、あらすじを読む限りもっと他に訳し方なかったんかい!って感じですが…ザッと調べたところ同じ時期の日本映画のタイトルは『続新入社員十番勝負 サラリーマン一刀流』『警視庁物語 謎の赤電話』『ニッポン無責任時代』『史上最大の作戦』『花と竜』ってセンスなので当時は『スパイ戦線』でむしろよかったのか。

さて、件の『ベルベット・アサシン』ですが、ジャケ買いだったものだから実在人物だと知ったのはいざゲームを始めてからで「買った以上はもったいないし、せっかくだからやるか」と思って一通り“遊んだ”のだけど、…なにしろ暗い。暗くて当然だけど、ゲームだからしみじみ「暗いな〜」と思う。
“鬱屈”という言葉がしっくりくる淡々としたテンション、“鬱蒼”という言葉がしっくりくる草木が生い茂り暗い隧道を抜けるフィールドマップ。(主人公が実在人物だったことでゲームそのものとどう向き合うかみたいな人格を問われるものになってしまったけれど、実在人物が下敷きになっていなかったとすれば手放しに、)エロいゲームよりもよっぽど、こういうのを、「大人のゲーム」って言うんじゃないかなと思った。それは暗殺の成功がゲームクリアになる残忍なゲームだからじゃなくて。なんの明るさもなく、じれったいばかりの重苦しい空気の中で、痛快な技もなく、息を殺すだけ。それでもまだこれが楽しいか?これにのめり込めるほどゲームに尽くせるか?この中に自分の居所を見つけるだけの心を作れるか?みたいなこと。

ゲームの主人公はイギリス情報局秘密情報部所属のバイオレット・サマー。空軍パイロットだった夫はすでに戦死しており、ドイツ軍との戦いに臨む人妻スパイ…というなかなかこれだけで苦しくなるような設定。先述の通りモデルは実在している人なので、設定と言うのもおかしな話だし、「設定」と言い切るには、名前も酷似しているけど…。
モデルはヴィオレット・サボーさん。
イギリスの特殊作戦執行部の所属だそうで、1921年6月26日生まれの1945年2月5日没。24歳になる年に亡くなっています。若いですね。私が今年25歳になるので、年下の子です。
1942年に戦死したFFL(自由フランス軍)の夫とは1940年に19歳で結婚していて、夫が亡くなった年には女の子が生まれています。娘のタニアさん、その後どうなったんでしょうか…。
ヴィオレットさんご自身は、お嬢さんを生んだ年(=旦那さんが亡くなった年)の2年後の6月…23歳になるかなったかという頃ですね、フランスに潜入してドイツ軍の捕虜になってしまい翌年の2月、強制収容所で拷問を受けた後に銃殺され、死後にジョージ・クロスを受章しています。

歴史に翻弄された人(なのか、ある程度は能動的だったのかは分からないけど…)の人生があまりにも重すぎて重さが全然ピンとこない…。ピンと来ないからこうやってそういう人をモデルにしたゲームをやったりして、失敗したりやり直したり、遊んだり、できるんですけどね。こんな、“ゲームの主人公みたいな人”が本当に居たんだなと思うと、せめて作中のミッションの間は死なせないように、痛い思いをさせないように、最期まで駆け抜けさせてあげよう…なんて思ったりして、慎重なプレイをするようになって、ステージはどんどんクリアできるんですが、当然これ、暗殺ゲームなのでバイオレットに殺されて死ぬ敵が居るわけです。
名もなき敵には“商業的広報で絵になる”ほどのモデルはいないでしょうけど、史実を生きた人の誰がモデルでもいいくらい、敵側にもまた人生があって家族があったりして、でももう二度と家に帰れない人になるわけですね。そんなことを思いつつ、でも、ゲームとして遊んでいるわけですから、うまくいくと嬉しくなったりするわけです。人を撃ち抜いて、よっしゃ!と。
乾いた銃声の後に相手が倒れると、よっしゃ!と。軽薄なもんです。

面白いゲームです。ゲームとしては。
同じシステムで全員ドラクエのスライムの姿だったらと思うと、やっぱりゲーム自体は面白いんですが、そういう時に、鬱屈とした空気感ごとエンタメとして消費してるんだよな、という性質を突きつけられます。まったくもって人を暗殺したいわけじゃないんだけど、「相手が人」という設定がゲームを重くするんだな、と。
モンハンでモンスターの尻尾を生きたまま無残に切って生きたまま角を叩き壊してめちゃくちゃにして倒すより、アサシンクリードの屋根の上から人をバタバタ倒していく時より、このゲームで銃口を人に向けた時のほうが重大なのは私も史実の先を生きてる人だから、なんだけど、それでも結局これで遊べるのは、現代を生きる私にとって史実が本の中の遠い歴史でしかないから。


わたし

数年後の後日記です。

気になって調べたら、娘さんのTania Szaboさんは2015年現在、ご健在でした。

My mother was a heroine. I thought it was important for younger generations to remember her story again.
Daughter of a wartime spy is selling her medals to survive|Express.co.uk

とのことで、ここだけ切り出して勝手なことは言えませんし、お母さんをモデルにしたゲームで「美女、暗躍。」というコピーがついて秋葉原のメイドカフェでコラボカフェとか開かれてる(※但しこれはモデルとなったヴィオレットさんやゲームの主人公を主題としたものではなく、ゲームの世界観を意識したフードメニューを展開するような催しらしい?です。)…みたいな売り出し方を知ったらどう仰るかは分かりませんが、少なくともご遺族は「そっとしておいてくれ」一択という感じではなく、語り継ぐ意志があることが分かって、〈存在を知られること〉についてのみは、問題ないようです。断定して差し支えなさそうなのは、〈存在を知られること〉のみ、ですが。まあ…なんというか…このゲームで“遊んだ”私の気が少しばかり軽くなるだけなんですが、少し良かったです…。ただ、「知られ方は問わない」なんてどこにも書いてなかったし、むしろ上述のコメントの記事を読む限りでは、お母様に関する大切な物事をどのように受け継いでいくかは問うている印象も受けました。

Tania is an author as well as a professional multilingual translator and private tutor.
Tania Szabó|Violette Szabó

また、出版業に従事しておられたようで、SOE(Special Operations Executive、英国の特殊作戦執行部)に関するご著書もあり、かつ『Young, Brave and Beautiful: The Missions of Special Operations Executive Agent Lieutenant Violette Szabô, George Cross, Croix De Guerre Avec Étoile De Bronze』というタイトルでお母様に関するご著書も上梓されています。

娘が最愛の母を「Brave and Beautiful」と、そして今となっては自分より遥かに若く幼い年の母を「Young, Brave and Beautiful」と称えて記録に記すことは、娯楽マーケットで「美女」と記されることと並列して考えるべきではないし、「だからゲームとして楽しんでいい」とは思いません。
「楽しむマズさ」を分かっていれば心置きなく遊んでいいとも思いませんが。以上、やってしまったものについて、思う所と、気になったところ、それからゲーム部分に関するレビューです。キャラクターについて何も考えなければ良作なので、モデルにする分にも、跡形もないほど(シリアルキラーとして有名なアイリーンウォーノスをモデルにした『テルマ&ルイーズ』という映画が、まったく彼女の話だと分からないほど脚色されたように)大きく脚色してくれればよかったのにと思わずにはいられない。