近況:本業やや忙しく、ゲームが1日0時間気味。

DQX:空想メモ「女王様のそれから」(セレド)

リゼロッタの死に厳しい言葉をかける父ブラト(DQ10)

 このままここで目覚めを待ってもいいが、退屈だし、何より耐え難いほど体が冷えた。“夢”とは言え我慢がならないと思ったリゼロッタは町に戻ることにして、そのまま神殿の階段を降りた。二階の扉を開けようとしたその時、
「姉さん!」
背後からルコリアの声がした。振り返るが、誰もいない。階段を降りてくる音も、床を蹴って追ってくる足音もない。空耳を聞いたのだと思ったリゼロッタは向き直って扉を開けた。それにせっかく弱音を断ち切り孤独と共に過ごしてきたというのに、ルコリアを求め続ける心が再び芽生えたら、また朝起きて一日泣き通す羽目になってしまう。気力があるうちに断ち切りたかった。心を閉ざすように二階の扉を閉ざしたリゼロッタはそのまま階段を降りて一階を通り抜け、神殿の玄関に位置する大扉を押した。隙間から夜風がフワッと吹き込んだかと思うと扉は大きく開いた。体は冷えるが、目の覚めるような冴えた空気だった。
(さようなら、ルコリア。…また来てね。)
 普段ならば暗闇が怖かったが、今日はいつもほど怖くはなかった。夢だからと自覚していたせいかもしれないし、ルコリアを傍に感じた余韻のせいかもしれない。気づいた時には山道もすっかり歩き終えて町に降りる石段に差し掛かっていた。ふと偽りの生家に目を配るとほんのりと灯りが漏れて見える。本当に精巧な夢だ。「教会にも家にも居なかったから」と言っていたルコリアが、家に寄った折、燭台に火を灯してくれたのだろう。実際の世界とは明らかに違う部屋の飾り布について「なんだか違った気がするわ」程度に認識していたのが、いかにも少しずぼらなルコリアらしくて良いと思った。なんとなく、あの子の書いたクセ字を思い出す。
 橋から子供たちが家々に灯した明かりが見え、渡り切ったところの料理屋から夕食を愉しむ子供たちの笑い声が聞こえてきたのは、あの、偽りの実家に戻ろうと試みた日の帰り道と同じだった。
(夢なのに、まるで起きているみたいだわ…。)
高台の教会まで続く石段の一段一段が億劫なのも、現実と何も変わらなかった。唯一違うのは、高台の階段を上り切って振り返った時の我が家だった。赤い屋根がいつも通り闇に紛れて、しかし窓からはあたたかい光がかすかに漏れている。
 リゼロッタが再びルコリアの声を聞いたのは、鼠色の大扉に両の掌をあてて、教会の中に戻ろうとした瞬間だった。
「姉さん!」
振り返ると、淡い光を湛えたルコリアが石段を音もなく上ってくる。よく見ると体が透けてルコリアの向こうに町に沿った岩肌が見えた。
(これは…。)
リゼロッタは焦点が合わなくなるほど困惑した。自分でもどこを見ているのかわからない。浮かんでくるのはかつて見た光景だ。あの時は、「グランゼドーラの音楽祭で優勝するのが夢だ」と語る美しいトゥーラ弾きの少年が偽りのセレドを訪れた。重い病に罹り真のセレドの施療院で生死の境を彷徨った彼は、容態が悪くなるとこちらのセレドで実体を顕し、回復すると体が淡く透け、やがて光と共に消えていった。夢の中のルコリアは、あの時の彼そのものだった。リゼロッタは、夢とは言えルコリアに生死の境を彷徨わせるような記憶を持っていたことを恨んだ。きっとあの景色を知らなければ自分はこんな夢を見なかっただろう。自分はもしかして心の奥底ではルコリアが死してこの町を訪れることを望んでいるのだろうか。そう思うと、浅はかな己の深層心理が憎くてたまらなかった。ルコリアに会いたい気持ちと、ルコリアの死を望むことは違う。
「姉さん!」
再びルコリアに目をやると、ルコリアはもう実体を顕し、足音も確かなものが付いてくるようになっていた。
「待って、姉さん…!」
石段を上りきり、息を切らして駆け寄ってくるのをリゼロッタはただ見つめている。
(…もしこれが、夢ではないとしたら…?)
「ね、ねえ、ルコリア…、あなたどうして、ここに…居るの?何か…、あった?何かって言うのは、その、つまり…。なんて言うのかしらね…。えっと…。」
リゼロッタは言葉を濁した。本当はきっぱりと、あなたも死んだの?ということを尋ねたかったのだが、もしもルコリアが自分が死んだことに気づいていないとしたら不用意に傷つけたり混乱させたくはない。一方、ルコリアはリゼロッタが認識を変えつつあることを敏感に察知した。
「ルコリア、…とりあえず中に入りましょう。ここじゃ冷えてしまうわ。」
 リゼロッタがそう言うと、近づいてきたルコリアが静かに手を伸ばし、軽々と大扉を開けてくれた。先に中に入るようリゼロッタの背中に手をあてて促し、自身も後に続く。町を遮るように扉が閉まって、ほんとうの二人きりになるのを待っていたように、黙っていたルコリアが口を開く。