近況:本業やや忙しく、ゲームが1日0時間気味。

DQX:空想メモ「女王様のそれから」(セレド)

リゼロッタの死に厳しい言葉をかける父ブラト(DQ10)

「姉さん?」
 その大人は確かに言った。
 呆気に取られていると、声の主は少し考えてから、今度は気遣うように、
「リゼロッタ、さん、でしょう?」
と尋ねてきた。リゼロッタは何が何だか分からなかったが、とにかく頷いた。
「え、ええ…。そうですわ…。」
「やっぱり!…変わらないわね。」
しゃがんでいた大人は、はっきり床に膝をついて身を乗り出すと、リゼロッタの顔に自らの顔を近づけた。
「姉さん、私だけ随分大人になってしまったから、わからないかしら。でも姉さんだって大人になったら多分私のような感じよ。面影はあるでしょう?」
 たちの悪い夢は長い年月の中で何度も見てきたが、今日ほどたちの悪い夢もないだろう。目の前にいる大人は、すっかり成長したルコリアだった。幼い頃よりは少し落ち着いた低い声になったが、間違いない。リゼロッタは、自分が知らず知らずのうちに、ルコリアが大人になった姿を胸の内に作り上げていたのだと思った。きっとその幻を夢に出して見ているのだ。そうして、この夢を見終えた自分はいつもの高台の教会のいつものベッドでいつも通り独り目を醒ますと、棚に飾ったルコリアの縫いぐるみにいつものように「おはよう」と話しかけながら、いつもみたいにダーマ神殿にお参りに行く支度をするに違いない。どうせ。
寂しい夢だ。
「どうせこんな夢を見るなら、子供のままのあなたと会いたかったわ、ルコリア…さん。そっちのほうが懐かしいもの。でも、夢に見ないよりは、いいわね。なるべく長く、ゆっくりしていってくださいな。」
リゼロッタは少し素っ気なく話して、自嘲気味に微笑んだ。しかし、愛しい夢だ。
「姉さん、夢だと思っていらっしゃるのね。でも、無理もないわ。」
ルコリアは少し残念そうだったが、静かに優しく微笑んだままいる。
「町を覗いても教会にも家にも居なかったから、もしかしたらここじゃないかと思って探しにきたのよ。不思議なところね。崩れた教会と、新しい教会の場所が逆だったし、私たちの部屋の飾りも、なんだか違った気がするわ。もう随分前の、子供の頃のことだから記憶が違うのかもしれませんけれど、私の記憶が正しいなら色が違ったんじゃないかしら。あれは姉さんが飾ったの?だったらごめんなさいね。」
そう言いながらふとリゼロッタの足元に目をやったルコリアは、リゼロッタのスカートが水に濡れていることに気がついた。
「どうしたの姉さん、…水浴びでもしてらしたの?風邪をひいてしまうわ。」
「いくら死んだからって、こんな寒い日に水浴びなんかしないわ。暑い寒いの体感はあるのよ。風邪はこちらに来てから一度もひいたことがないから、ひけるのかわからないけれど。」
 月が雲から顔を出すと、ようやく自らが失った未来に瓜二つの姿がはっきりと見えた。澄んだ空気に白い肌が透け、吊り上がった瞼、気の強い眉目には空を映したかがみ石のような水色の瞳がふたつ。ルコリアが眼を細めているためか、歪な半月のような形で輝いていた。幼い頃よりも鼻筋は通っただろうか。耳には懐かしい赤い耳飾りを二つずつつけている。1つずつはきっと、自分の形見だろう。
(随分と精巧な夢ですこと…。)
手も指も、すっかり大きく、背丈は父親ほどになったろうか。小柄な母をゆうに超えている気がする。赤みのある髪は昔より長く伸ばし、夜風に少し揺れていた。
「姉さん、寒さを感じるなら早く町に帰りましょう。それともまだ用事があるかしら?どうしてここに?」
「引き返してきたの。神殿を出たところに鐘の鳴る泉があるでしょう。あのあたりで山道に人影を見つけて、念のため隠れていたのだけど、見失ってしまって…。もしかしたら中に居るんじゃないかと、気になって追ってきたの…。名誉子供さんがいらしたのかしら、あなたからの手紙を持っているんじゃないかしらと…思って。」
 ルコリアは静かに頷くとリゼロッタの両脇に掌を挿し入れた。
「きゃあ!」
 突然の感触に悲声を上げてもルコリアは意に介さず肋骨を包む形でリゼロッタを持ったまま、体の幹に力を込めると一気に姉の体を抱き上げながら立ち上がった。
 本当は赤子のように抱えて腕の中で姉の顔を覗き込みたいルコリアだったが、リゼロッタは子供とは言え抱き上げるには大きすぎる。重い荷物を持ち上げたように背中を反らしながら腰と胸板でリゼロッタの体重を支える不恰好な形になってしまった。
「亡くなっても体重はしっかりあるのね。ふふ、もっと体も透けて、ふわふわ翔べるような変化を期待していたんですのよ。」
「失礼ね!重いなら下ろしてよ!」
「いやよ。離さないわ。」
背中を反らしたルコリアの胸板に支えられながら、リゼロッタの足は地面に対して斜めに伸びたまま所在なく宙で固まっていた。お互いの顔を覗き込むどころか、ルコリアからはリゼロッタの背後に広がる石の塀とその向こうの夜空が、リゼロッタからはルコリアの背後の礼拝堂の壁と神殿の床が見えるのみだった。お互いの耳にぴったり触れた相手の耳はひんやりと冷たく、しかし、その奥に体温を感じた。死んでいるのに、夢だというのに、リゼロッタは不思議に思いながら視界の端で揺れている妹の髪を見つめていた。
 リゼロッタを抱き上げたまま町まで歩きたかったルコリアは膂力(りょりょく)が及ばず、どうにも叶わないことを理解したが、しかし、せっかく願いを捕まえた腕を解く気にもなれず、姉を不恰好に抱いたままで夜空を見つめていた。
「夢なのに、情けないわね、ルコリアさん。私をこのまま町に運べる力ぐらい持って現れていらっしゃいな。私はあなたに脅かされたせいで水に浸かってしまったんだから。」
「そうね、私もそう思っているわ。姉さん。…やっと会えたのに。」
変わらない姉の頭を撫でたくてつい手を動かしたルコリアは、片腕ではリゼロッタを支えきれなくなり、不意に下ろしてしまった。
「きゃあっ!…もうっ!上げたり下げたりなんなのよ!次に私の夢に出てくる時は子供の姿でいらっしゃいな…!だったら私もあなたに抱き上げられていようなんて思わないから!」
“夢”を見て軽はずみに機嫌を損ねているリゼロッタをよそにルコリアは、リゼロッタの足が地面についた感触を確かめると床に崩れて堪らず泣き出した。片手で涙が溢れる顔を押さえ、片手はリゼロッタを探して宙を彷徨っている。リゼロッタは困惑しながらルコリアの大きな手を小さな両手で包んだ。ルコリアは嗚咽を噛み殺している。夜風が素知らぬ顔で吹いている。
「いいわ、ルコリア。私が明日の朝目覚めるまでの間、傍にいるから。私の夢の中で好きなだけ泣きなさいな。」
 そう言った瞬間、ルコリアの体がぼんやりとした光を放ち、消えてなくなった。リゼロッタは再び、一瞬呆気に取られたが、すぐに納得した。
(私が夢から醒める時間が来たんだわ。)