近況:本業やや忙しく、ゲームが1日0時間気味。

DQX:空想メモ「女王様のそれから」(セレド)

リゼロッタの死に厳しい言葉をかける父ブラト(DQ10)

 神殿を出た頃にはほとんど日が落ちて辺りは薄暗くなっていた。石畳を駆け抜けようとした時、リゼロッタは参道の向こうの山間(やまあい)に見慣れない人影があることに気づき柱の陰に身を隠した。人影を目で追うと、明らかにこちらに向かってくる。身の丈を見る限りでは町の子供ではない。
(誰かしら…。)
柱の陰に隠れながら目をこらす。神殿の石柱はリゼロッタの肩幅を一方から隠すには充分だったが、多方からの遮蔽には心許(こころもと)ない。相手の立つ場所によってはいとも簡単に見つかってしまうだろう。咄嗟にリゼロッタは泉水の中央に備えられた鐘の土台に身を隠した。ここなら人は通らないし、まさか誰か隠れているなどと思わないだろう。名案のような気がしたが、思ったより水深があってリゼロッタはスカートを濡らしてしまった。冷たさが刺すように足の芯まで響いている。死んでまで温度を感じなければならないなんて、つくづく損な話だと思う。
(誰でもいいからさっさと来て…。このままこんなところに隠れていたら凍ってしまうわ…。)
 見慣れない人影は落ち着いた足取りでダーマ神殿に向かってくる。道に迷っている様子はなく、明らかに神殿に用事がありそうな、はっきりした意志が感じられた。セレドの町にも時おり旅人や行商は訪れるから、そう言った無害な者かもしれないが、そうは言っても、こんな時間にわざわざ町を抜けて無人の神殿に立ち寄る旅人も行商人も未だかつて見たことがない。一つ心当たりは、あの“名誉子供”さんだ。あの人ならこんな夜道も堂々と目的地に向かって歩くだろう。長い年月を経たから、以前とは姿形が違って見えるのかもしれない。もしかしたら誰かに、…つまり、ルコリアに頼まれて、再び私に会いに来てくれたのかもしれない。愛しい手紙を携えて。駆け出して確かめたい。あわよくばそうであったなら笑顔で歓迎したい。リゼロッタは胸がはじけるほど明るい衝動に駆られたが、自らが子供たちに提唱してきた「戸締りはしっかり」の精神に倣い、軽率な行動は慎んだ。
 少しの時間が過ぎてから、リゼロッタは慎重に慎重に、再び山のほうへ目をやった。人影はもうない。まったく気配も足音もなかったけれど、泉水を囲った階段を上り、リゼロッタを通り過ぎて神殿に入って行ってしまったのだろうか。入口のほうに目をやるが、やはり、おそらく、誰もいない。
(おかしいわね…。)
 リゼロッタは小首を傾げる。足音は通り過ぎなかった気がするし、山のどこにも人影はない。向こうもリゼロッタの影に気づき、危険を感じて身を隠したのだろうか。だとしても両脇は谷で隠れられるようなものなど何もない。となると、やはり気づかぬうちにすれ違ったのだろう。気になったリゼロッタは神殿に戻ってみることにした。相手が賊ならただでは済まない可能性もある。普段は危険など冒さないが、ルコリアからの手紙にありつける可能性が万に一つでもあるなら、既に死者となった自分が再び死ねるか否かは別として、死んでも、死ぬほど怖くても構わないと思った。
 町の子供、たとえばフィーロに自分の居場所を尋ねた名誉子供さんが礼拝堂まで自分を迎えに来てくれたのかもしれない。リゼロッタは思いたいままに空想しながら、決して物音を立てないよう、用心深く神殿の内部に戻る。大扉を閉める時は特に緊張した。扉の自重で閉めてしまうと音がするから、勝手に閉まらないように、細い指に扉が食い込んで震えるほど丁寧に押さえて閉めた。同じ階に人の気配がないのを確かめながら階段に近づくと上の階で誰かが階段を上る音がする。
(やっぱりさっきすれ違っていたのね!)
 リゼロッタは再び明るい気持ちになったが、とはいえ念のため正体のわからない足音と距離を詰めすぎないように、そっと、そおっと、そうっと、階段を上がった。
 リゼロッタが二階の扉を開け屋外の階段に出ようとしたその時、上のほうで、重たい扉が開き一瞬の間をおいてから閉まる音がした。何者かは、ちょうどこの真上にある三階の礼拝堂に辿り着いたのだろう。扉の音を気にしていないのだから存在を隠すための警戒はしていないようだ。きっとリゼロッタの尾行にも気付いていないのだろう。ここでモタモタしていると用事を済ませた音の主が礼拝堂から出てきてしまうかもしれないから、その前に礼拝堂の脇を囲む袋小路に身を隠したい。相手の居場所を把握したリゼロッタはここぞとばかりに最上階までの階段を駆け上がると、忍び足で一気に礼拝堂に近づいた。ところが、そのまま袋小路に入ってしまえばよかったのだが、つい、魔が差した。
(隙間から中が見えるかもしれないわ…。)
招かれざる客か素晴らしい客人か。知ることを待ちきれなくなったリゼロッタは、不用意に扉に近づいてしまった。息を飲んで中を覗こうとした、その時だった。
 ギィッ。
 扉が開いた。迂闊だった。
扉に押される形で尻餅をついたリゼロッタには混乱と暗闇で目の前に聳える大人が誰なのか理解できなかったが、少なくともあの名誉子供ではない。最悪のことを想像して背筋が凍り、声も出なかった。
(誰…。)
 目を凝らしたが、燭台の火が切れて真っ暗な礼拝堂を背にした大人の顔はどうしても見えない。足腰に力が入らず立ち上がれなくなったリゼロッタは、様子を伺っている。自発的に伺っているというより、様子に飲み込まれて、成り行きを伺う以外のことができずにいた。
 大人はしばらく黙って立っていたが、やがてゆっくりしゃがみ込んだ。リゼロッタを丁寧に覗き込むような仕草をして、そして、一言。