近況:本業やや忙しく、ゲームが1日0時間気味。

DQX:空想メモ「女王様のそれから」(セレド)

リゼロッタの死に厳しい言葉をかける父ブラト(DQ10)

 ところで、フィーロ神父、シスター・ラーニ、親衛隊だったミザール、街の入り口を守っていたマシド、幼いベネットなどに加え、リゼロッタもまたダーマ神殿へのお祈りをほとんど日課としている者の一人だ。皆、各々の時間で行動しており、全員が並んで礼拝に行くことはほとんどなかったが、高台から街を眺めているリゼロッタは大体どれくらいの時間に誰が出掛けていくのかを知っている。
 代わり映えのない歳月が流れ続けた或る日も、リゼロッタはいつものようにダーマ神殿にお祈りに出掛けることにした。
 橋を渡って崩れた教会の前を通る際に「ルコリアはどれほど悔やんだだろう」と考え始めるのはほとんどリゼロッタの習性のようになっている。危険な遊びを遂行しようとする姉を引き止めず魔人召喚の成功を信じ、姉を盲信した自分を、或いは「日を改めて一緒にやりましょう」という我侭を飲み込んだ慎ましさを、寂しがり屋な姉を独りで逝かせた不本意な抜け駆けを、ルコリアはどれほど呪ったのだろう。そこまで考えを巡らせた頃には、町はずれにあるダーマ神殿への山道(やまみち)へ続く石段の、最初の踊り場あたりに差し掛かる。これも含めてリゼロッタの日課だった。空を見上げる。もう一度死にたくなるほど悔やむ気持ちも、肌寒い午後の青空が大雑把に吸い込んでいく。左手には今も帰る者のない偽りの生家が黙って立っていた。
 石段を上りきって町から出たら剥き出しの岩山の合間を抜ける。ところどころは緑の草が絨毯となっており、ところどころは踏み固められた土だった。山道の脇には花が咲いている。平坦な坂を少し下って視界の悪い岩肌の足元に伸びた曲がり道を進み、そこから緩やかな勾配をのぼると、空の手前にツノのような岩山が現れて、やがてツノの手前にダーマ神殿の屋根飾りが現れる。そろそろお祈りを終えたフィーロがベネットを連れて神殿を出た頃だろうから、きっと山道の中腹で出くわすはずだ。
 すっかり町の神父として落ち着いたフィーロは教会に不規則な留守を作らないよう、必ず同じ時間に出掛けていく。フィーロから勉強を教わるうちに懐いたベネットは神父見習いを自称して、フィーロと行動を共にしている。
「勉強なんて役に立たないかもしれないけど、いつオトナが帰ってくるかわからないしさ。毎日グダグダしてるよりいいだろ?」
ムッチーノとエンラージャが去った頃からだったろうか、ベネットはよくそう言っていた。最初は一時的なものだろうと思ったがフィーロの根気もあってかベネットの勉強は続き、今ではすっかりフィーロに次ぐ博識だ。ベネットが賢くなればなるほど、未来を奪うキッカケを作った過去がリゼロッタに重くのし掛かるが、いつも笑顔のベネットの前ではリゼロッタもまた笑顔を絶やさないように努めている。
 その日も陽が傾きかけた午後に、ちょうどダーマ神殿を見下ろせる山道の中腹でフィーロ神父と見習いのベネットと立ち話になった。神殿の敷地から出てきたフィーロは山道に見慣れた人影を見つけると手を振りながら石畳を抜けて山道を駆け上がる。後ろを追いかけているベネットのほうが絶対に速く走れたはずだが、きっとフィーロに遠慮しているのだろう。
「リズ!」
フィーロの張り上げた大声が、小さく、風の音と草の音の向こうから聞こえる。だんだんと自分の足音よりもフィーロの足音のほうが大きく聞こえて、やがて、どちらの足音も止んだ。
「毎日同じ時間に、えらいわね神父さん。」
「リズだって、なんだかんだと言いながら毎日お祈りを続けているじゃないか。お前がこんなに信心深いなんて意外だったよ。」
リゼロッタはフィーロが昔から自分に特別な想いを抱いていることを知っていたし、フィーロもまたリゼロッタに知られていると知っていたが、成熟した関係を築き上げるにはあまりにも子供だった二人にそれ以上のことを起こす度量はなく、淡い小さな恋の先にあるものがなんなのか、互いに何ができるのかを追い求めるほど能動的な性徴もなかった。
 ダーマ神殿に続く石段を上った墓地の脇では今でも番兵のアッシュが魔物たちが町に入らないよう見張りに立っているため普段ならば先に立ち話をするのはアッシュなのだが、今日は休みをとっていて誰も居なかった。町の子供たちも長い年月を送るうちに少しは魔物の避け方や倒し方を覚えてきたし、雨の日も風の日も立ち続けるアッシュに対する申し訳なさもあり、時々は休みを取るよう全員で懇願したのだ。偶然ここまで誰ともすれ違わなかったこの日のリゼロッタはつい話し込んでしまい、フィーロたちと別れる頃には空が赤くなり始めていた。
 谷と谷に挟まれたダーマの山道は今日も肌寒い風が草を揺らしている。標高のせいもあってか元来涼しい地方ではあるが、最近は殊更に風が冷たい季節だ。
「風邪をひかないように、早く帰るんだよ。」
フィーロはそう言うと振り返って手を振りながら町のほうへ歩き出した。ベネットもぺこりとお辞儀をすると、フィーロにくっついて歩いて行った。
「ええ、フィーロもベネットもね。」
そうは言ったものの、リゼロッタは風邪をひいたことがなかった。体が丈夫だからなのか、体質が気候に合っているからなのか、それとも自分が死者だからなのか、理由は分からない。
 山道から石畳に踏み込み、金色の鐘が備えられた泉水(せんすい)の脇の階段を抜けると神殿の入り口がある。屋外ほどではないにしろ、神殿の内部にも冷えた空気がぎゅっと詰まっていた。静まり返った神殿に足音を硬く響かせながら、礼拝堂に向かう。階段が多くて入り組んでおり、壁が高く、空が狭く見える。昔、ここでルコリアと隠れんぼをして父親に酷く叱られたことも今となっては甘く懐かしい思い出だ。お説教でも構わないからまた会いたいと思った。両親は他界しただろうか。このセレドが死者の町ならとっくに誰か来てくれてもいいはずなのに誰も現れないところを見るとやはり自分たちは魔人エンラージャの復活に利用されるため偽りのセレドに招かれただけで、元来の死者の世界は他の場所にあるのかもしれない。
 荘厳な礼拝堂も、もはや誰の何のためにあるのだろう。たった一度ルコリアや町の大人たちと世界が重なったあの日を終えてから、もうここは為す術を持たない抜け殻の石堂でしかない。だというのに何を祈っているのだろう。聴いてくれる者のない願いを祈り続けて、何になるのだろう。祈れども祈れども願いが叶わないことを思い知り続けて、一体誰が報われるのだろう。すべて、無駄ではないのか。
 生前、セレドット山道を抜けた先に〈希望の花〉の咲く丘があると聞いたことがある。なんでも、その花に願掛けをして、花が開いたら願いが叶うと言い伝えられているらしい。その花を探しだせば何か変わりやしないか。死者となった自分にはもはや現実的な打開策などないと知っているリゼロッタは、この頃こうした空想に耽ることが増えた。たとえば希望の花が開いた瞬間、辺りは眩(まばゆ)い光に包まれる。思わず目を瞑ったリゼロッタが次に目を開くとそこは、姉妹の部屋。隣のベッドではルコリアが眠っているのだ。下階からは朝食の匂いが漂ってくる、とか。こちらの世界のセレドット山道にも希望の花は咲いているだろうか、いや、代わりに絶望の花が咲いていたりして。
(死後の世界に、希望なんて咲かないわね…。)
 少し前に希望の花を摘みに行った少女が命を落とした事故があったらしい。将来を嘱望された旅一座の踊り子か芸人か何かだったと聞いたが、彼女の希望の花は咲いただろうか。きっと散ってしまったのではないか。自分が言えたことではないが、気の毒な話だ。